カブトムシを手に、ご満悦のKくん。

けれど、そんなKくんの泣き声が、今日のこまめには何度も響いた。

朝の会では、「ドドリと手をつなぎたい」と、後から入ったにもかかわらず、無理矢理に入ろうとしていた。
「いれて。」
そう伝えるKくんだったが、先に手をつないでいたMちゃんの「だめ」の一言で、絶望していた。
言葉で伝えたのに!ドドリと手を繋ぎたいのに、なんでできないんだ!!
大きな声で泣いて、思いを通そうとするKくん。
でも今日は、みんなもう待ったのだ。
やっと「まあるくなあれ」の準備が整ったのだ。

さっきまで泣いていたHくんも、手を差し出している。
Kくんにスタッフは伝えた。
「だめ」と言われることもあるよね。と。
まわりの子にも助けを求めた。
2時までずっと泣くことになる。どうしたらいいか。
そこで、Mちゃんがドドリの反対の手にうつり、EHくんにも動いてもらったことで、ようやく輪がひとつになったのだった。

仲間に動いてもらうという結果になり、Kくんはどう感じたのかな?
と思っていたが、
帰りの「さよならあんころもち」のときは、
誰よりも早くドドリの隣に来たのKくんの姿があった。

朝の出来事を経て、学んでいたんだ。
少しずつ、社会の厳しさを目の当たりにしている。
活動中も、Kくんは試練の連続だった。
今日は、昨日たくさん寄り添ってくれた大好きななっつもいない。
自分の水筒が外に転がっているだけで、「持って来れない」と泣いていた。
Kくんは水筒を持てるはず。
気持ちの面で問題があったのだ。
なので私たちはKくんが動くのを待っていた。
仲間たちも待っていた。

ようやく机にこれたとき、すぐにMちゃんが「ジュースのみな。ここにあるよ。」と声をかけてくれた。
泣いているときは遠くで見守り、落ち着くと声をかけてくれる。
こまめの子たちは距離感が上手いなぁ。
朝、泣いていたHちゃんを見守ってくれていた、近所のぎんぎん(こまめのアイドルわんこ)の飼い主さんが言っていたことが、心に残っている。
「状況が変わらなければ泣き止むのねぇ。」

たしかに。
泣いたらどうにかなる──そう思って泣くこともある。
でも、無理やり泣き止ませても、意味はない。
その奥にある「気づき」や「行動」にこそ、学びがある。
朝、泣きに泣いたHくんは、「帰る!」「あっち行って!」と大暴れだった。


でも、自分の口から出たその言葉に、ふっと我に返ったようで、静かに帽子をかぶった時があった。
それは、彼なりの「始める合図」。
誰かに言われたからではない、自分のタイミングでの切り替えをしたのだった。
私は見ていて、ああ、今全て出し切ったんだなぁと思った。
感情を出し切るって、やっぱり大事。
その先で、自分なりに「どうしたいか」を考える時間が、子どもたちを育てていく。
だから、こまめでは無理に泣き止ませないし、
気をそらして終わらせることも、しない。
厳しいけど、そこは譲らず
サポートしていきたい。


